今日、クライアントさんに話していたことは、とても理解しやすかった。それを描いておきます。この三人とも、共有できるところが多いと思います。
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私とは、増えることも減ることもない絶対不変と呼べるモノ。肉体を持つと「私」は、そのことを忘れてしまう。忘れてしまうので自分が、増えたり減ったりするものだと思い込んでしまう。だから常に、減ることへの不安や増えることへの探求に、自分という意識を持って行かれてしまう。
この増えたり減ったりしているという「私の勘違い」が、無意識と呼ばれているような「向こう側の意識」のぶれを産みだす。無意識と呼ばれている場所がぶれると、免疫性や治癒力と呼ばれている場所の働きが減退する。結果として、肉体や精神に病の元となるような状態を創りだす。
すべては勘違いから起きている
この無意識と呼ばれている「向こう側の意識」が修正されないまま、自分を前向きにしようと知識や情報を集めることで、更なる困惑を創りだしていることが多いようだ。足場が不安定な場所でトレーニングをするより、安定した場所でトレーニングすることの方が「病」には良い。
そういう意味では修行や忍耐は、この向こう側の意識が不安定なまま、こちらの意識で無理やり安定に持って行く状態を示すのだろう。この状態が創りだす「強さ」は、嫌が追うなしに格差を創る。特筆したカリスマ性など、中心が高台になる集まりを創造する。これがいままでの「世界」であったのかもしれない。
それがアセンションなどと呼ばれているように「変容」を迎えたようだ。中心が高台になる世界ではなく、中心から平たく拡がる世界に変容するようだ。これにより遺恨を残すような争いは、かなり減少する。結果、はるかに愛と調和を示せるそうな社会になってゆく。そのために
気がついた人から変容する
気がついた人から道を開く
これを次元上昇などと称しているのだろう。そういう刺激が、いろいろな場所で、いろいろな姿で現れてきている。その「ひとつ」が、ぼくの変化であったり、あなたの変化だったりする。釈迦先輩は「世界は内にある」などと表現していたようだが、まさにひとりひとりの「私と呼べる感覚の変容」が、社会の姿を変えて行きそうだ。
12/15が実現したのも、2/16が実現したのも、そういった流れから来るもののような気がする。
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すべては勘違いから起きている
「私」という感覚の、勘違いから起きている
「私」はそもそも、増えも減りもしない
絶対であり、不変なるモノ、
そのことを肉体を持つと忘れる
忘れて、自分という存在が減ったり増えたりするものだと
深い場所で思い込んでしまう
結果として、
無意識と呼べるような「向こう側の意識」にぶれが生じ
免疫性や治癒力と呼ばれている働きを低下させる
それが「病の元」を産みだし、肉体や精神をむしばむ
その元を根絶するには「私という感覚」を元に戻す必要が在る
増えることも減ることも無いのが「私」だと取り戻す
取り戻すには「そのこと」を意識し続けるだけ
私は増えることも減ることも無い
絶対であり、不変なる存在だと
そういう「感覚」だと
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ひとりひとりの中に、これからの世界がどのような様相になるのか?その《元》があります。その《元》に働きかけるのが、ぼくが今、取り組んでいるセッションで在り、12/15や2/16に3人でやろうとしていることだと思っています。お時間が在る方はどうかお越しになって下さい。《元の変容》を体感しましょう!
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