最近○○さんが「ゆたかに生きるためのノンデュアリティ」を考察してくれている。
他の心からの考察は「ありがたい」見え方が更に定着する。YouTubeつくろうかと話している。なるべくショートで(笑)
ノンデュアリティは「対話型の動画」のほうが伝わりやすい。金森さんの動画も対話型が伝わりやすかった。
さて今日は「高次元意識」と「三位一体」について語ってみよう。
今日の相談者さんは「この話に納得で帰った」良かった(笑顔)
三人の会を企画運営していたころは「心が独走するスピリチュアル」に盲信していた。
並木さんや矢作先生、保江先生、はせくらさんなどの言葉に胸を躍らせていた。
懐かしい(笑)
現在は「自我、高次元意識の心、現世の心」この「三位一体」で過ごしている。
自我を「中心の自分」即ち「自分軸」にしている。自我は「永遠の観察者」になる。
この永遠の観察者である「自我」は、あなたの自我と「同一」になる。永遠の観察者である「自我」は「唯一」なので、他者は存在しない。
即ち
「空」=「自我」
になる
これを自分軸とするのが「ゆたかに生きるためのノンデュアリティ」だ(笑顔)
さこ先生に「この人は保江さん以上になるかも」と言われたことがあった。「ほんとそうかも」と言える自分が「ここには」居る。
あははである(笑)
「しあわせ」が「ここ」には有る。
さて本題
自分軸である「自我」は永遠の観察者であり唯一絶対の「世界軸」でもある。
そして
現世の心、皆さんが「自分は」と定義している「心」は「一番外側を回っている自分」になる。
現世の心は「感情に飲まれる自分」になる。
この「現世の心」と、永遠の観察者(世界軸)である「自我」の中間に「高次元意識の自分」第三の心はある。
第三の心も回っているので「他者という感覚」を持っている。
第三の心は「感情を理解するが決して飲まれない自分」という存在になる。これが「高次元意識としての自分」ということ。
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感情に飲まれる自分
感情を理解するが飲まれない自分
永遠の観察者である世界軸の自分
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三位一体だ
ゆたかに生きるためのノンデュアリティでは「世界軸の自分」を自分軸としている。
だから「自分に他者は居ない」し「世界も泡沫のモノ」になる。
ただ現世の自分には、世界は確実に存在する。
苦楽、幸不幸、不運幸運、ラッキーにアンラッキー、相性の良し悪し、様々な運命、「確かな二元が永遠に存在」する。
現世の自分にとって「一番大切」なのは「理解者が居ること」
これを「他者」に求めるから「厄介な人間関係」が発生する。
現世の自分、これの良き理解者は「中間を回っている高次元意識の自分」になる。
心理学で言うところの「自己との対話」が「これ」になる。
中間を回っている「高次元意識の自分」は、感情を理解しても決して飲まれない自分だから「理想の自分」になる。
優秀なカウンセラーは「感情を理解しても決して飲まれない自分」を身に着けている。
カウンセラーのスクールに席を置いたことがある。しかし「これができているカウンセラー」は「講師でも少なかった」
さこ先生はパーフェクトだった。並木さんも、ここに居た。
一番外を回っている感情に飲まれる自分
↕
中心に居る世界軸の自分
↕
中間を回っている高次元意識の自分
↑
三位一体
中間を回っている高次元意識の自分が「理解者」になってくれた「現世の自分」を想像してくれ(笑)
人生の自由は
そこにある
