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上昇するエネルギー

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愛を発電して世界に撒いている。

仙骨の回転でこの実感が産まれると、自分と感じている意識の根底に「ある感覚」が芽生える。「愛が足りている」という「感覚」だ。「愛が足りている」という「感覚」が芽生えると、自分を含めた全体からエネルギーが上昇しているのがわかる。この上昇がわかると更に楽になる。

個人と言う感覚にとって「愛が足りている」という「感覚」は、ほんとうに重要なんだ。発電して世界に撒く!このストーリーを実感した個人は、愛が足りている毎日を創造し続けるだろう。

本来個人は幻想だから

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本来個人は幻想だから。。。

ここから始めると優しいと今日は感じた


仙骨と脳の電気信号

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これから書く内容は「専門知識からの情報」ではあrません。感覚から起きた内容です。いつもより長いです。

いま東京道場では「仙骨」ここがもたらす不思議に取り組んだ稽古をしています。この稽古の準備運動をヨシノが担当することになりました。そこで仙骨に対して「感覚」を向け「見えてきたこと」を書きます。

人間は「自我を構成する脳領域が発達した動物」と言えます.。人間は、自我を構成する脳領域が発達しているために複雑な感情を生み出し、複雑な思考を展開しているようです。その結果「さまざまな意味づけ」を生み出し、その意味付けにより仲間になったり敵になったり、関係性に変化をもたらしている。それらの感覚は「脳内に発生する電気信号」として動いているようです。

この電気信号の中で「自我がストレスを生み出す起点となる電気信号」が見えました。自我を構成する脳領域で何かに取り組もうとしたときに真っ先に起こる電気信号があります。「正しいのか?間違っているのか?」と表現できる電気信号です。多くの人が「この電気信号から思考を展開し判断を決めてゆくストーリー」を生きてしまうことが多いようです。「正しいのか?間違っているのか?」この電気信号を持つことにより、「社会性」という生きるために必要な感覚を育ててしまう。これは人間として育てられれば「当たり前にインプットしてしまう習慣」のようです。

自我が仙骨を意識すると、どうもこの「正しいのか?間違っているのか?」という電気信号がオフになるようです。この電気信号がオフになると、自我を構成する脳領域が愛と呼べる電気信号状態になるようです。

準備運動では仙骨に右左とこきみよく回転を与えることで「自我を構成している脳領域が仙骨を意識できる状態」を創りだします。自我を構成する脳領域で正しいのか?間違っているのか?を気にしてしまう電気信号が起きている場所が左脳のインタープリターモジュールと呼ばれている場所ではないかと視察しました。あくまでも感覚からの推察です。

この場所からこの電気信号が消失すると、自我を構成する脳領域が愛に目覚める。愛に目覚めた脳領域は自我に「無我、無心」のような状態を味あわせる。無我・無心という状態は「迷いが無い」「躊躇が無い」「思ってないのに身体が動いてた、言葉になっていた」という不思議な感覚を自我にもたらすようです。自我を構成する脳領域がこの状態になると稽古に対する集中力が個人が意図してではなく全体に現れているのを感じます。

一般の人に活用してもらうため簡単に書くとこうなります

あなたが常に仙骨を意識する生活を続けると、間違ったらどうしよう。。。というような不安や怖れを生み出す電気信号がオフになるので、愛に満ちた思考や判断、言動、行動が「自動で現れる」ようになります。

どのように自我に仙骨を意識させるか?このとき「仙骨をこきみよく右に左に回転させる」という感覚はかなり有用です。仙骨を意識していると、どうも自我はのびのび存在できるようです。自我にとって不要なものは、自我を必要以上に不安にさせる電気信号のようです。自我を構成する脳領域からこれらの電気信号を解除するのに、「仙骨」という場所はかなり有用な場所のようです。

30日の輪の風ワークでは、このあたりの説明と「肉眼の奥にあるもう一つの眼の活用法」を伝達できればと思っています。「不要な電気信号をオフにする」この感覚は自我にとって、かなり画期的な感覚のようです。

おわり

愛もエゴも電気信号の状態だった

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愛やエゴを概念として捉えていたから不安定だったんだ。

概念は電気信号の結果だ。

エゴと言う電気信号で思いやりを持つから
悲しい結果に繋がる積み重ねになる

自我は脳の中の領域

この領域が仙骨を意識すると愛という電気信号が起こる
そういう「仕組み」のようだ

愛を巧みに使う能力は才能じゃない
「仕組み」だ

様々な現象や感情に囚われなくなった人を
仙人と呼ぶのだろう

そういった人たちが「ここの骨を意識しろ」とでも
相談者に伝えていたのかもしれない

仙人が伝えていた骨「仙骨」
こんな命名の物語が浮かんだ

仙骨を意識し続けて見えてきたこと

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多くの場合自我は概念でコミュニケーションしようと試みる。しかしこれこそが衝突の火種だった。言語とはそもそもコミュニケーションに花を添えるために産まれてきた。すなわち概念とはコミュニケーションに彩りを持たせるものであり、コミュニケーションを行うものではなった。

コミュニケーションを行っているのは電気信号だ

電気信号がコミュニケーションを行っているから「空気感がコミュニケーションの6割を占めている」という見解に至るのだろう。

言葉や概念は
コミュニケーションに花を添えるものであり
コミュニケーションそのものではない

聞き流すとは「電気信号を受け流す感覚」であり、それを概念レベルで行おうとするから破綻する。

言葉や概念にコミュニケーションはできない

これが明確になると概念で衝突するとかは見えなくなる。また言葉は電気信号の彩りなので滑らかな言語が発生する。仙骨を意識し続ける自我は「コミュニケーションの本質」を取り戻すようだ。引き続き検証してみる。

30日11:30~14:30の輪の風ワークはキャンセルが出たので、あと2名参加できます。

電気信号と自我、仙骨の不思議

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愛が十分に使える自我。自我もまた電気信号の結果である。電気信号。ここに自我は無い。あるのは性質。どういう性質かと言えばAという電気信号が自我とつながると、自我は十分に愛を使える。Bという電気信号が自我とつながると、自我は愛を使いにくくなる。こういう性質。自我に愛を使わせてあげよう。仙骨を意識する自我は愛を使える。そういう電気信号になるからだ。人生は概念が決めているわけではない。人生は電気信号が決めている。電気信号は、自我が仙骨を意識しているか?否か?で決まっている。なんというシンプルな仕組みだろうか。

仙骨から見えてきた自我にとって大切なこと

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自我も機能のひとつであり司令塔ではない。この神経学の見解には素晴らしいものを感じる。仙骨を意識し続けた自我はこのことを思い出せるんだ。明日はこのあたりの話ができるから楽しみだ。

愛を十分に使えると実感している自我は安心して暮らしているだろう。これは電気信号がもたらすもので概念ではない。多くの場合、電気信号が不安定なまま概念だけを入れ替え気持ちや状況を変えようとしている。これが更なる苦しみを創りだしている。

電気信号を入れ替える
愛を十分に使えるという実感を自我に持たせるために
電気信号を入れ替える

仙骨を意識し続ける自我にはこの反応が起こる。これは才能でも能力でも無い「全ての人間に備わっている機能」だ。このことを証明できれば、いじめや戦争という景色を個人レベルで減少させることができる。論文にならなくてもいい、一般の人が試してみたくなる「健康法ブーム」として確立できればいいのだ。社会現象に司令塔は無く、個人の総意が司令塔らしきものをつくりそう見せているように思える。

愛を十分に使えている実感を自我に持たせてあげよう。仙骨をたたいたり動かしたりとにかく方法はなんでもいい、仙骨を意識し続けられればそれでいいんだ。自分の内側から起こる変化を体感しよう。

自我はリーダーではない「わたしと仙骨」

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仙骨を意識し続けているとわかることがある

自我はリーダーではない

自我は他の感情や感覚に対して
あたかも自分がリーダーであるかのように行動する
そういう習性にあるようだ

この習性が「ゲーム」かもしれない

わたしの悲しみ、わたしの苦しみ、わたしの喜び、
わたしの病気、わたしの運命、

わたしが他の感覚を所有している状態を「エゴ」と呼ぶ
そういう電気信号が起きているようだ
だから、エゴという現実を体験する

わたしと悲しみ、わたしと苦しみ、わたしと喜び、
わたしと病気、わたしと運命、

このように他の感覚とわたしが並列であるとき
電気信号は「愛」という状態になっている

この基盤となる並列が「わたしと仙骨」
この感覚にあるみたいだ

現実は
わたしを他の感覚のリーダーにしてしまうのか?
他の感覚と並列に置いておくのか?
こんなシンプルなことで決まっているようだ


    冠光寺眞法と仙骨

福田君とのコラボ 3月12日17:30~20:00 清澄白川

2月27日18:00~船堀 (株)Amour主催ワーク


ノンデュアリティの歌が聞こえてくる

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わたしがわたしだけになる。魂と言うならこの状態かも。魂が運命に飲まれている。これが苦しみ。運命には名前がついている。ぼくの場合なら吉野太。わたしがわたしだけになる。運命は運命のまま流れるようになる。運命は安心する。

今日はこんな感じです

神経学では自我と他の感覚は並列であると捉えているようです。自我は管制塔ではないようです。だからリーダーでも無い。ただ自我は直ぐにリーダーになろうとする。痛みや喜びを統制したがる。

個人とは、リーダーをやめられない自我を指しているのかもしれない。個人ではなく「わたし」。わたしがわたしだけになる。そうするとわたし以外の感覚がすべて「運命」に見えてくる。運命はわたしじゃない、わたしと並列に並んでいるもの、それが運命。

痛みも運命、苦しみも運命、喜びも希望も運命、
だからわたしじゃない
わたしは運命と並んで浮かんでいる。。。ただのわたし

主催協力:Hand to Heart Projectワークショップのお知らせ

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奇跡のコラボワークショップがついに実現!!
チャネラーRoseと冠光寺流仙骨パワーの伝道師吉野太の最強コンビが、あなたの人生変えちゃいます♥

春分の日の次の日に当たる3月21日は、前年度からのやり残した事の整理・切り離し、新しい流れになっていく日
スピードも加速していきます。
たくさんのものを抱えたままでは、スピードアップどころか、身動きすらままならなくなっちゃいます。
飛び立ったロケットが、切り離しをしながら加速し宇宙に辿り着くように、私たちも2016年から始まる新しいエネルギーの世界に辿り着くために切り離しが必要です。
これからの毎日を生き生きと楽しく、ラク~に過ごせるよう、心の奥底に眠っている本当の自分に出逢うコツをしっかり掴んで、大きな一歩を踏み出しましょう!
Roseさんの緩める&軸を整えるワーク
吉野さんの仙骨と愛のワーク
全部が生まれ変わる、Rebornの日を体感してください。
単にRoseさんに会いたい!ヨッシーを見てみたい!なんて方から、思考で凝り固まった自分を開きたい方、身体についてもっと深く知りたい方、自分の本当の力を見つけたい方などなど、参加理由はなんでもOK!
新しいエネルギーを掴みたいという気持ちがあれば、それが参加理由です!

日時:2,016年3月21日(祝・月)
   11:00~17:00
参加費:20,000縁*豪華お弁当付き!
場所:目黒区某所*都心の庭園付の隠れ家を貸切
定員:20名
持ち物:筆記用具・飲み水
  *動きやすい服装でご参加下さい
  *ボイスレコーダーの持ち込み可 
申し込み:下記のメールフォームよりお申し込み下さい
https://ws.formzu.net/dist/S53719945/
主催協力:Hand to Heart Project

◆Roseプロフィール◆
青森出身。イタコや異能者の出入りする家で生まれ育ち、自らも幼い頃から見えない存在と共に生きてきた。
彼女のセッションは気づきそのもの。
本当の自分と向かい合うしかありません。
エネルギーとかスピリチュアルとかそういう概念を越えたところに自分がいて、その一部がRoseさんという肉体にいるという感じです。
彼女の言葉とワークは、本当の自分に繋がる道しるべとなってくれること、間違いありません。

「人と人が出会うことで、変化し進化していきます。是非会いに来てください。来て下さった方を大切に、全力でエネルギーを注がせて頂きます」

【ブログ】
見えない世界と見える世界の真ん中で+魂飯…セラピスト ROSEのブログ
http://ameblo.jp/rose-n-o-rose/

◆吉野太プロフィール◆
冠光寺眞法東京本部所属
保江博士の付き人
接骨院の先生
彼は人間は「自我を構成する脳領域が発達した動物」という。人間は、自我を構成する脳領域が発達しているために複雑な感情を生み出し、複雑な思考を展開しているようです。
その結果「さまざまな意味づけ」を生み出し、その意味付けにより仲間になったり敵になったり、関係性に変化をもたらしている。
それらの感覚は「脳内に発生する電気信号」として動いているようです。それを統制するのが仙骨。
この仙骨のエネルギーをコントロールするワークをしています。
ヒーリングの実績は一万人以上に及ぶ。
【ブログ】 
考えないから始まる悟り方
http://ameblo.jp/doubutunou8888/

■フォームより申し込み後、今後のお手続き・振込先等についてご連絡メールをお送りします。参加費のお振り込みの完了をもって申し込み完了となりますのでご了承ください。
■お弁当の手配等があるため、お申し込み・参加費の振込みは、締め切りは3月19日までにお願いします。
■それ以降のお申し込みの場合、昼食の手配ができない場合があります。
■キャンセルポリシー
セミナー開催1週間前までのキャンセルは全額返金いたします。
開催6日前よりのキャンセルはセミナー開催費用の30%を事務手数料として 頂戴し、残りの70%を返金いたします。
開催前々日、前日のキャンセルはキャンセル料を50%頂戴し、 残りの50%を返金いたします。
当日のキャンセルはキャンセル料を100%頂戴します。
なお、返金時の振込手数料は、お申込者様のご負担とさせていただきますので、あらかじめご了承ください。

自我と他の感覚が並列になったとき

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自我と他の感覚が並列になったとき起きる奇跡はとても優しい。自我が感覚のリーダーになろうとしている状態を「エゴ」と呼ぶのだろう。自我は自我でしかない。ここから始まる解釈は優しい時間を創造する。

わたしの痛み。自我が痛みに対してリーダーになろうとしたとき「許せない」とか「もうダメだ」とか排他的な解釈を始める。言語による解釈は言語化された時点でその方向性を決めている。この部分の感覚は自我にとってとても有用だ。

わたしと痛み。痛みとわたしが並列に並ぶとき I am What i am が起こる。ここから始まる解釈は奇跡と呼べる解釈になる。自我はリーダーじゃない。これを理解している「わたし」を体験したとき、自我はその状態に天使や神を見たのかもしれない。ここに居ながら別の世界に居るような感覚。これは機能だとわかる。天使や神のような感覚になり生きることは才能ではないと思う。

2月27日(株)Amour主催ワーク「わたしってなあに?運命とわたし」

3月12日 福田と吉野の仙骨会議 清澄白川

3月21日 主催協力:Hand to Heart Projectワーク 目黒



わたしは行為者ではなかった

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仙骨に自由を与える。その中で見えてきたこと。

私たちが「わたし」と認識している自我は感情の所有者ではない。また行為者でもない。「わたし」が所有者や行為者から解放されたときに起こるリラックスは可能性を秘めている

わたしが所有できるものは
わたしという感覚だけ

わたしは行為者にはなれない
行為者の同乗者になれるだけ

ここから起こる可能性を検証する。「施術・コミュニケーション・体調管理・メンタル・運」これらにどのような影響を与えて行くのか検証する。次回道場での準備体操に「仙骨ぴょこぴょこ歩き」を加えて見ることにする。これは自然に笑えてしまう効果がある。ワークショップでも試してみよう。

2月27日(株)Amour主催ワーク「わたしってなあに?運命とわたし」

3月13日 大久保の歯科医院セミナールーム 

3月12日 福田と吉野の仙骨会議 清澄白川

3月21日 主催協力:Hand to Heart Projectワーク 目黒

自我を所有者から解放する

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自我を所有者から解放する。自我はそのままにしておくと感情や病を所有します。自分が悲しんでいる、自分が病気になった、自分の運命、このように自我には所有する習慣が身についてしまいました。自我を所有者から解放する。自我は自我という感覚を司っているだけで、他の感覚の所有者ではないのです。自分と悲しみが同時に存在してるんだ。自分と病が同時に存在しているんだ。自分と運命が同時に存在してるんだ。このように所有者から自我を解放したときに起こる可能性を体験してみてください。

2月20日 12:30~14:30 2時間枠の輪の風ワーク

2月27日(株)Amour主催ワーク「わたしってなあに?運命とわたし」

3月13日 大久保の橋本歯科医院セミナールーム 

3月12日 福田と吉野の仙骨会議 清澄白川

3月21日 主催協力:Hand to Heart Projectワーク 目黒

ネガティブとポジティブとリラックス

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ネガティブ

これは解釈の下地です。解釈の下地は三つあります。ネガティブとポジティブとリラックスです。悲しみが起こると、自我は当たり前のように悲しみを所有します。「わたしは悲しい。。。」と自分が悲しんでいると思い込んでしまう。このように自我が悲しみを自分のモノだと所有した状態をネガティブと呼びます。感情や様々な感覚を自我が所有したときにネガティブは起きます。

このネガティブが起こると同時に産まれるのがポジティブです。悲しみを所有した自我はネガティブに飲み込まれたくないのでポジティブという対抗手段を創りだします。ポジティブはネガティブの弟のような存在です。たしかにポジティブはネガティブに対抗はできます。打ち負かすこともできます。しかしネガティブを消去することはできません。ですからポジティブである限りネガティブの陰に怯え続けることになるのです。根底に不安があったから強くなれた。これがポジティブの成功した姿ですね。

リラックス

自我が本来の姿であるときに起こる現象です。自我は「わたし」という感覚だけを所有している器官です。ですから「わたしは悲しい。。。」は自我の誤作動になります。「わたし」と「悲しい」が同時に存在した。わたしの隣に悲しみが現れた。これが正常な感覚になります。この感覚であればリラックスの状態で悲しみを体験することになります。

自我は観察者であり体験者
感情の所有者ではありません

そういう意味では、心の所有者でもない。わたしと心は別の存在だとわかります。

わたしと心。。。これがリラックスです

冠光寺眞法と仙骨

2月20日 12:30~14:30 2時間枠の輪の風ワークを開催します
参加費は5500円 お釣りのないように
自我を所有者から解放する リラックスで体験する人生
理解したい方はどうぞ

所有者という自我次元

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今日は並木さんのワークに参加した。並木さんのワークに参加すると整理がつく。いつも助かっている。

一般的に苦しみとは「手放したいのに手放せない」という状況が多い。今日のワークでも出た「許す」というキーワード。多くの場合「もうこの怒りは手放そう」とか、手放すことの有用を知っているのに手放せないで苦しむ、こういった構図が起こる。「それがウンコだと思って手放しなさい!」なんて表現も聞いたことがある。なのに手放せない。

これは「心の所有者」として自我を継続しているから起こる。「わたしの心」と当たり前のように反応しているのが「所有者という自我次元」だ。心とは感情や感覚を理解する場所だ。悲しみや怒り、好き嫌い、などを判断する「コミュニケーションをとる上で欠かせない器官」である。この心を所有している自我が不要だと感じた怒りや悲しみだけ心から切り取ろうと取り組んでいる姿が「根の深い苦しみ」だ。

心を所有する限り
不要な怒りや悲しみを切り取ることはまず不可能です
切りとれたとしても再発する可能性が極めて高いです
その可能性はガン再発より高いと思われます

ぼくはいま所有者という自我次元から「観察者・体験者という自我次元」にシフトしました。この観察者・体験者という自我次元では心は所有物ではありません。感情や感覚を体験するためのパートナーが心になります。敬愛で連れ添う相手が心になります。この状態になると不要な感情を心から切り取ろうとは思いません。なぜなら怒りや悲しみがネガティブを創りださなくなるからです。

自我が心を所有しているから感情や感覚がネガティブを創りだす。自我が心の所有者にならなければ、心にとって感情や感覚はただそのままの感情や感覚でしかないようです。そういう意味では心とは「集合意識」なのかもしれません。集合意識である心を所有物にするから自我はネガティブになる。心の所有者として自我が存在する限り葛藤を手放すことは無理だと理解しました。

所有者という自我次元を離脱しましょう!

このセッションやワークを展開していくのがこれからの歩みのようです。今日は並木さんのワーク中に喉のチャクラが青く輝き、その淵を金色が覆ったので「声」「言葉」に変化が訪れたようです。ネガティブ・エセポジティブを離脱して本当のポジティブとも言える「リラックス」で感情や感覚と戯れる。これからの展開が楽しみです。

2月20日 12:30~14:30 2時間枠の輪の風ワーク

2月27日(株)Amour主催ワーク「わたしってなあに?運命とわたし」

3月13日 大久保の橋本歯科医院セミナールーム 

3月12日 福田と吉野の仙骨会議 清澄白川

3月21日 主催協力:Hand to Heart Projectワーク 目黒

所有者から観察者へ

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わたしは傷ついた

これは「わたしの心は傷ついた」ということ。心を自分の所有物だと認識している自我は、心の痛みを自分の痛みだと主張します。これが所有者です。所有者は傷つけた相手を許しません。

心が傷ついたみたいだね

これが観察者です。心を自分のモノだと認識していない自我は、心が持った痛みを優しく見つめます。内観という状態ですね。観察者は傷つけた相手を否定しません。相手の問題は相手の問題であり、自分の側に存在する心が受けた痛みと相手の存在を混同しません。

許せないのは
自我が所有者のままだからです

運命に問題はありません

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運命に問題はありません。運命に対して所有者であることが問題なんです。所有者はジャッジをやめられません。納得する理由を探すまでジャッジをやめません。所有者は自分の思い通りになるまで探求を続けます。観察者である自我は「運命さん、今日はどんな調子?」みたいなスタンスなのでジャッジしません。運命さんを眺めます。このときの波動がどんな感じか?模索してみてください。
2月20日 12:30~14:30 2時間枠の輪の風ワーク 5500円

2月27日(株)Amour主催ワーク「わたしってなあに?運命とわたし」

3月13日 大久保の橋本歯科医院セミナールーム 

3月12日 福田と吉野の仙骨会議 清澄白川

3月21日 主催協力:Hand to Heart Projectワーク 目黒

観察者は宇宙人みたい

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わたしと心は別物です。もし心がわたしそのものなら、わたしは心を心とは認識しません

心を心と認識している「わたし=自我」が、心を自分そのものだと思い込んでいる状態を「所有者」と呼びます。所有者はネガティブをやめられません。リラックスもどきを体験したとき、所有者は運が良かったと喜びます。

心は「わたし」が感情や感覚を体験するためのツールであり、わたしそのものではない。心があるからコミュニケーションを体験できる。このとき自我が心に向けて発するエネルギーを「感謝」と呼びます。

観察者は宇宙人みたいですね。

2月20日 12:30~14:30 2時間枠の輪の風ワーク 5500円

2月27日(株)Amour主催ワーク「わたしってなあに?運命とわたし」

3月13日 大久保の橋本歯科医院セミナールーム 

3月12日 福田と吉野の仙骨会議 清澄白川

3月21日 主催協力:Hand to Heart Projectワーク 目黒

所有者という自我

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「わたし」=自我

これを心や身体運命の所有者から解放して見えてきたこと。「もし心がわたしそのものなら、心を心と認識することは不自然だ」という感覚。この感覚を持ち見えてきたこと。悲しみと怒りは関係性を持っていない。悲しみは悲しみとしてのみ存在している、怒りもそう。そこに「自我という感覚が介入すると悲しみと怒りに関係性があるように解釈」してしまう。この自我を「所有者」と呼ぶ。

自我は関係性を司る器官だ

「わたし」とは
関係性を体験するために用意された「場所」だ

所有者として存在している「わたし」は、心や身体運命を自分そのものだと思い生活する。所有者は「ジャッジ=比較」という習性を持っている。比較から関係性を構築するのが「所有者」だ。こういうことも見えてきた。

自我が一感覚に過ぎないと理解した自我を「観察者」と呼んでいる。観察者とは「全体」のことだろう。ここでは全く違う心や身体運命との関係が築かれる。またしばらく体験を続ける。

2月20日 12:30~14:30 2時間枠の輪の風ワーク 5500円

2月27日(株)Amour主催ワーク「わたしってなあに?運命とわたし」

3月13日 大久保の橋本歯科医院セミナールーム 

3月12日 福田と吉野の仙骨会議 清澄白川

3月21日 主催協力:Hand to Heart Projectワーク 目黒

シフトは自我に起きる イノベーション!

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最近思うことです。思っているのはやっぱり自我です。だからシフトは自我に起きるんだと思います。考え方や捉え方に変化が出るのは「自我がシフトしたから」だと見ています。

多くの場合、心を所有している自我が解釈の基盤になっている。「わたしは居ない」これが基盤の自我が菜穂さんという現れ。この自我は自我でありながら自我ではない。「それ」「I am what i am」自我のイノベーション。概念にシフトは起きない、シフトは自我に起こる。心を所有する自我に、ここは見えない。心を所有する自我は「概念のシフトが解放」だと反応してしまうから。

心の所有者である自我に心を所有しなくなった自我の感覚は見えません。ですから、この文章に何かを感じるなら?自我にシフトが起きていると言えます。消さないでください。心を所有しなくなった自我さえ見えなくなるんです、「わたしは居ない」と宣言している自我など見えるはずがない。心の所有者である自我にとってこの自我は破壊者に見えるでしょう。心を所有物として扱わなくなった自我は「開放が起きている自我」なので、いわゆる探求はしません。体験という探求をするだけです。この探求には自己成長などという概念は存在しません。自己成長という感覚を体験するだけになるからです。2月20日 12:30~14:30 2時間枠の輪の風ワーク 5500円

2月27日(株)Amour主催ワーク「わたしってなあに?運命とわたし」

3月13日 大久保の橋本歯科医院セミナールーム 

3月12日 福田と吉野の仙骨会議 清澄白川

3月21日 主催協力:Hand to Heart Projectワーク 目黒
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