自分と呼べる感覚の
当事者か?観察者か?
この違いが
人生の質の違いになっている
目覚めるとは
天の岩戸の話そのものだ
岩戸にある自我を自分だと思う限り
そこは破壊と再生のタイムラグが大きく
辛抱や忍耐を磨かない限り幸福にはなれない
しかし、今まで自分だと感じていた感覚が
自分ではなく
辛抱や忍耐の輝きを知るために得た「きぐるみ」だと知ると
話は変わってくる
思考の流れが変換するんだ
本当の自分:一としての真理
岩戸に封じられている「真理のひとしずく」を
封じていたモノがこの自分だったと気がつくと、
すべての思考は姿を変える
人生体験のすべてが
エンジョイするために用意されたアイテムだとわかる
レッツエンジョイ!それしかない!
ポジティブと呼べる感覚はここにしかなく
岩戸の自我であるいわゆる自分には、永遠に理解できないのが
ポジティブだとわかる
菜穂さんに対して動画の中で噛みついた「ぼく」は
まさに岩戸の自我だった
真理に触ったことのある「岩戸の自我」
それに対して
真理そのものである「一としての真理:菜穂さん」
見ている世界が違いすぎる
見えていないのはもちろん岩戸の自我だ
真理に触れている岩戸の自我は
たしかに宇宙には出ているが
地球の引力圏を漂っている「愛と調和の浮遊霊」と言ったところだ
そこで宇宙を語るのだから
怪しいと言われるか?仲間内で固まるか?
どちらにしても狭い領域だ
講演会での質問者にも、菜穂さんと同じでと言いながら
このタイプの多かったことかと、いまは見ることができる
吉野さん、わかってる気になってる典型ね
そうそうおまえもな(^^)V
その口調は当事者だもの
ここは全く違う
岩戸とアマテラスでは、全く違う
全く違うものなのだ
ただ、真理に触れている岩戸には
そのことが理解できない
同じだと思い込み生活している
思い込みから覚めると落ちる、メンタルが異常な落ち方をする
落ちても宇宙を漂っているので認めないことが多い
自分は目覚めたと言い切る。そして落ちた理由を着飾る
そういうカルマを体験するために、そこに居るのかもしれない
すべては真理、だから歪みなど存在しない
歪んだような、壊れたような、そんな気になるだけだ
とてもリアルなそんな気だ(^^)V
ここは楽しい ね! 阿部先輩!
http://abetoshiro.ti-da.net/e9272480.html
トークライブセラピースケジュールはこちら↓
http://ameblo.jp/doubutunou8888/entry-12232946289.html
3/3予定していた
清水浦安さん 宇宙の田舎モノさん BOKUのコラボは
主催者が変わり開催されるかもしれません
現状のモノは主催者判断で中止になりました
ただ もしかすると アマテラス采配で復活なんてなったら
それはそれで刺激的で、面白いと思います
すべては真理から起きている
だからわずかにも狂いなどなく進む
それを受け取る自我が、岩戸か?アマテラスか?
当事者か? 観察者か?
その違いだけで体験は変化する
100%自己責任
これはアマテラス自我の言葉である
岩戸には無理な話だ
だからこっちのせいでいいですよ ごきげんよう!